【有翼狼の伝説 第一章・蒼き翼を持つ者 6

「えっ?」
驚いてエアハルトがフォルカーを凝視すると、フォルカーはその深い瞳でじっとエアハルトを見返して言った。
「だから、そこがそなたと他の者たちとの違い。
心に翼ある者とそうでない者との差なのだ。
他の者たちは、生きることや楽しみに必要なこと以外に、さほど興味を抱かぬ。
皆にとって気になるのは、わが身の安全、仲間たちのこと、そして何より猟の成否だ。
だが、そなたは、外にあっては、もっと遥か遠いものに心とらわれ真理を求め、内にあっては、己の限界、否、突き詰めて己が存在する理由さえも知ろうと願う。
……そうではないのか?」

「……そうです。私はいつも考えてしまいます。
私を取り巻く全ての物に、何故?何故?と。 
そして、それは私自身についても同じです。
果たして私はどれほど速く走れるようになるのか? 
どれほど強くなれるのか? 
何故、私の背にだけ翼があるのか? 
何故、私だけがこんなに思い惑ってしまうのか? 
私は…一体何者なのだ? と」

「そうであろう。
だからこそわしはあのような決断をしたのだ。
わし自身老い、群れをまとめていくのに疲れたこともあった。
そなたも知っての通り、今の群れの状態は普通ではない。
以前のよそ者たちとの戦いで親を失ったこの山の他の群れの子供たちも引き取って育てた。
…そなたもそのひとりであったな。
その為、本来家族のみで構成されるべき群れとは異なり、違う血の者もいて、いさかいも多い。それでわしは、群れの行く末を考え、温厚で思慮深いアマデオを選んだのだ。
だが、それだけでなく……エアハルト、そなたを、群れという鎖から解き放ってやりたいとも思ったのだ」

 エアハルトは、フォルカーが自分を心配して、そのことを教えるため、わざわざ先回りまでしてこうして待っていてくれたことを悟った。
「フォルカー…」
エアハルトが感謝の思いを込めて小さくその名を呼ぶと、フォルカーは穏やかな視線でエアハルトを見つめたまま黙って大きくうなずいた。

 そうして2頭の狼はしばらく黙って互いの瞳を見詰め合っていた。
だがやがて、フォルカーは、ついと顔をあげ、うれしそうに目を細めて空を見ながら口を開いた。
「いつのまにか空が白じんできておる。
まもなく…夜が明ける。
……さあ、行くがよい、エアハルト。そなたの心の赴くままに。
そなたは翼ある者、一所には留まれぬ宿命の者だ。
それが、そなたにとって幸せなことか、不幸なことか、わしにはわからぬ。
わしにできるのはただこうしてそなたを見送ってやることだけだ」

「いえ」
エアハルトは首を振り、晴れやかな笑顔を向けて言った。
「いえ、あなたは私の心にあった負い目から私を解放してくださいました。
感謝します、フォルカー。
…………それでは、私は行きます。
……フォルカー、どうかいつまでもお元気で」
「ああ。そなたも気をつけてな」

「はい」
そう言うと、エアハルトはフォルカーに背を向け、森の中を駆け出した。
まだ夜の明けきらぬほの暗い森は、すぐにエアハルトの姿をのみ込んでしまった。

フォルカーは、エアハルトの姿が見えなくなった後もしばらくその場にじっと立ち尽くしていた。
だがやがて、ふっと一つ息を吐き、目を閉じると、諭すように自分に語りかけた。
「どうした、フォルカー? 何をうらやんでいる? 
まさか今になって後悔しているわけではあるまいな? 
あの日あの時、おまえは自分の意志で己が翼を捨て去ったのであろう? 
おまえは、心の自由より、愛する者たちを守る道を選んだのだ。
その決断に迷いはなかったはずだ。」
フォルカーは、己の今更の思いに苦笑し、小さく首を振った。そして、
「愚かなことを。わしもまだ…未熟だな」
そうつぶやくと、群れの仲間たちの待つ山の奥へと歩きだした。


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