【有翼狼の伝説 第一章・蒼き翼を持つ者 3


 この岩場がエアハルトのお気に入りの場所だとテアは知っていた。
エアハルトはよくこの岩場に立ち、じっと空を見上げていることがあったから。
だが同時にテアは、そんな時のエアハルトが、群れの仲間から離れ何か考え事をしたがっているのだともわかっていた。

 テアは、エアハルトが立っている岩場から少し下った場所で立ち止まると、ためらいがちに声をかけた。
「あの……エアハルト」
自分を呼ぶ声にエアハルトは少し驚いたように振り返った。
そして、テアだとわかると、いつもの優しい微笑みを浮かべて言った。
「テア。驚いたよ。どうした?」
その瞬間、テアの胸に鋭い痛みが走った。
エアハルトのそのかげりのない微笑みが、今までテアが抱いていた悲しみ、不安、そして、ある決意さえも、全てテアの一方的な想いでしかないことを教えてくれていた。

 テアは、動揺を抑え、無理に微笑み小首を傾げて言った。
「あの、何をしていたの?」
すると、エアハルトは、再び顔を空へ向け、うれしそうに目を細めた。
「今日は空がいつもより澄んでいるなと思って。
風も気持ちいい。光もまぶしい。
…ねえ、テア、あの空はどこまで続いているのだろう? 
どこまでのぼっていくことができるのだろう。
風や雲はどこから来て、どこへ行くのか? 
この山の向こうには何があるのだろう? 
ずっとずっと果てしなく山が続いているのか? 
それともまだ俺たちの知らない世界があるのか? ……君はどう思う?」

「わからないわ。そんなこと、今まで一度も考えたこともなかったもの」
そう言ってテアは首を振った。
「そうか」
エアハルトは、テアの返事をさして気に留める様子もなく、空を見上げたまま短くそう答えた。

 その後、しばらく沈黙が続いたが、やがてそれに耐え切れなくなったテアが、突然感情を昂ぶらせて叫んだ。
「エアハルト! こっちを見て。お願い、私を見て!」
その声にエアハルトは一瞬驚いた表情を見せ、すぐにいつもの穏やかな微笑みを浮かべ、テアに詫びた。
「すまない。つい空に見とれてしまっていた。…悪かったね、テア。
俺に何か話があるのだったね。それで……何?」
「何って…あの…さっきの父の話。次のボスに…あの…」
テアが言いよどむと、エアハルトはわかったという様子でうなずいた。
「ああ、そうか。そのことか。おめでとう、テア。アマデオならきっといいボス、いい夫になるよ」
「おめでとうって……それであなたはいいの? エアハルト?」
思わず語気を強めたテアに、逆にエアハルトが不思議そうに聞き返した。
「何故? アマデオはいいやつだよ。群れをまとめていくだけの力もある。」

「でも、皆、あなたの方が適任だって……」
「テア」
なおも言いかけるテアを諭すように、エアハルトは首を振った。
「それは違う。君の父上の判断は間違っていない。アマデオは、穏やかで思慮深く、いつも群れのみんなのことを考えている。俺は、やつならきっと君の父上のような立派なボスになれると信じている」
それから、エアハルトはテアに少しからかうように言った。
「さあ、もう君はみんなのところへ戻った方がいい。こんなところを見られでもして、アマデオに誤解されても困るからね」

 テアはまだ何か言いたげな表情をしたが、やがて諦めたのか深いため息を一つつくとうなずいた。
「……わかったわ、エアハルト。お邪魔してごめんなさい」
そう言うと、テアはエアハルトのもとを離れた。

そして、うつむきがちによろよろと力なく坂を下りながら、テアは悲しげにつぶやいた。
「エアハルト。あなたがその気なら、一緒に群れを離れてもいいと思っていたのに……」

一方、そんなテアの後姿をしばらく見送った後、エアハルトはまた視線を空に移し、テアに詫びるようにつぶやいた。
「すまない、テア。だが、俺はだめなんだよ。俺は、俺の心は……」



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