【有翼狼の伝説 第二章・誇り高き放浪者 9


 幾度か羽ばたくと不意に体が軽くなる。暖かな風が体を押し上げているのだ。エアハルトは、鷹や鷲たちがほとんど羽ばたくことなく旋回しながら上空へと昇っていった姿を思い出し、感心して呟いた。
「そうか。みんなこの風に乗っていたのか」

 大きく翼を広げ、風の流れから外れないように気をつけつつ螺旋状に昇っていく。自力で飛ぶより遥かに楽だ。大地を駆け抜ける時は、風に逆らいその抵抗を楽しむことが好きなエアハルトだったが、飛ぶ時は風に従いそれをうまく利用することを覚えなければいけないようだ。風を味方に。それが空に受け入れてもらう第一歩なのだろう。

 押し上げる風に乗って帆翔しながら地上を見下ろす。茶色い大地に白くなった箇所がいくつもある。熱い水を噴出している場所だ。その手前には例の色とりどりの熱い池が湯気を上げている。細長い森を挟んだ向こう側の草原ではバイソンの群れがのんびりと草を食んでいる。渓谷を落ちる滝に続く川、エアハルトがここに来る時泳いで渡った川は、その先にある巨大な湖に流れ込んでいた。その畔には多くのエルクの姿がある。そして、右手の低い山を越えたあたりにイェルクが言っていた、岩でできた奇妙な塔、白や黄色の石の段が見える。

「……すごいな」
その感動的な光景に魅せられながら、エアハルトは遥か前方にそびえる切り立った山々に目を向けた。雪を頂いたその山の向こうにまでこの不思議な世界は続いているのだろうか? 

 だが、エアハルトがそれを確かめようと更に高く空に昇った時、また例の息苦しさを覚えた。
「くそっ。これ以上は無理か」
バランスを失うと危険だ。エアハルトは無理せず、高度を下げた。それから、あの山は自分の足で登ることにして、今はまず気になっていた白い石の段を間近で見るために方向を変えた。

 近づいてみると、白い石の段からも白い湯気が出ていて、水が下へ流れているのがわかった。
「まずいな。これもあの綺麗な色の池のように熱くて危険なのか?」
少しがっかりしながら、エアハルトは端の湯気の出ていない段の上空で止まり、注意深くゆっくりと高度を下げて近づいていった。

 どうやら思ったほど熱くないらしい。エアハルトは段の端に降り立つと、すぐに飛び上がれるようにわずかに羽ばたきながら湯気の出ている段へと歩み寄った。予想通り、石の段を流れている水は温い程度のものだ。エアハルトはその水に足をつけたまま、頂上から下へと流れ落ちる水と石段を眺めて首を傾げた。
「不思議だな。どうしてこんな奇妙な白い石の段ができているのだ? ……この水が関係しているのだろうか? それに、何故この水はあちらの池や噴出す水よりも温いのだ?」

 一つの不思議から次々と新たな疑問が湧いてくる。キリがない。エアハルトは苦笑し、顔を聳え立つ山々へ向けた。
「残念だが答えを見つけるまでここにとどまるわけにはいかない。俺はまだ旅を始めたばかりだ。それに、もっと世界を知れば、ここでの疑問への答えが見つかるかもしれない。より多くの経験が、より多くの知識を俺に与えてくれるだろう。俺は見たい。そして、知りたい。……今は先に進まねば」

 エアハルトは、その場から飛び立ち、山の麓にある深い森へと向かった。









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