【有翼狼の伝説 第二章・誇り高き放浪者 8


「どうした、エアハルト? 何をしている? 何故食べない?」

 突然の声にエアハルトは驚いて目を開けた。すると、何故かそこは見慣れたヴァルトの森で、まだ若く力強かった頃のフォルカーが、幼いエアハルトを不審そうに見下ろしている。

『えっ? ……ああ、そうか。俺は夢を見ているのか。これは子供の頃の記憶だ』

 おとなたちが食事を済ませた後、ようやく自分たちの番が来て、アマデオやテアは無心で獲物にかぶりついている。その横で、エアハルトだけが、上空を渡る雁の群れをじっと見上げている。
「ごめんなさい、フォルカー」
幼いエアハルトは、群れのボスであるフォルカーに注意され、少し怯えるようにその小さな体を竦ませて謝罪した。

 フォルカーは、一旦空を見上げてエアハルトが見とれていたものを確認した後、再び顔をエアハルトに向けて問いかけた。
「雁か。……おまえは目の前の食べ物より、空の鳥たちの方が気になるのか?」

「いいえ、あの……」
どう言えばこれ以上叱られずにすむのか、エアハルトは答えに迷い、口ごもる。フォルカーは自分の声が厳しく響きすぎているらしいことに気付き、フッと表情を和らげ穏やかな声で言った。
「おまえを怒っているわけではない。色んなものに興味を持つのはいいことだ。だが、今はまずせっかくの食事のチャンスを無駄にしないことが大切ではないかな? もうおまえも、おとなにねだって吐き出しをもらえるほど幼くはない。今食べ損なうと、次までずっと空きっ腹に苦しむことになるぞ」

「はい、フォルカー」
エアハルトは、コクンと素直に頷いて、目の前の肉に齧りついた。

 フォルカーは、幾分目を細め愛しそうにエアハルトが食事をする様子を見つめながら小さく呟いた。
「アルムガルト……姉さん、この子は本当にあなたによく似ている」

「えっ?」
呟きが聞こえたのか、エアハルトはフォルカーを見上げ、食べながらも訊ねるように顔を斜めに傾けた。フォルカーは、苦笑し、なんでもないと首を振った。
「いいから食べなさい。そこの骨のところ、まだ肉が残っているぞ」
それから、少し声を落とし諭すように続けた。
「いいか、エアハルト。そのまま食べながら聞け。……いつかおまえは自分にとって一番大切な何かを得る為に、他の大切なものを捨てる決断を迫られることになるだろう。その時、おまえは必ず迷う。……もしその時私がまだそばにいて、それが必要だと思ったら、私はおまえが一歩を踏み出す後押しをしてやろう。だが、それはまだまだ先のことだ。まずおまえはもっと大きくもっと強くならねばな。血の宿命を生き抜くだけの力をつけよ」

 だが、意味がわからずキョトンとした目で自分を見上げてくるエアハルトの表情に気付くと、フォルカーは声をあげて笑いだし、
「ハハハ。さすがにまだ早すぎるか。まあよい。ともかくちゃんと食べて大きくなるのだ」
そう言うと、不思議そうな顔をしながらもエアハルトが再び食べだしたのを確認した後、向きを変えゆっくりとその場から離れた。


 目を覚ますと、飛び込んできた景色は当然ヴァルトの森ではない。あちこちから熱い水が噴出している不思議な場所だ。
「……フォルカー」
エアハルトは、自身が己の宿命を知るずっと以前からフォルカーがそれを知り見守っていてくれたことに気付き、胸が熱くなった。今こうしてここに自分がいられるのも……。

 顔を上げると、太陽はすでに高く上っている。エアハルトは翼を広げ、
「この翼は、俺だけの力で手に入れたものではなかったのだ。俺にその機会を与えてくれた存在があればこそ。ならば、俺はその恩に報いる為にも、与えられた自由を、この翼を価値あるものとしてゆきたい」
そう呟くと、明るい日差しの下この地の全体の風景を見下ろす為に、飛び上がった。








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