【有翼狼の伝説 第二章・誇り高き放浪者 7


 大量の星の流れはすでに終っていたが、まだ時折一つまた一つと光の筋が現れては消える。それらの出現する方角を目指してエアハルトは一心に上昇していく。だが、いくら昇っても星空は遥かに遠い。
「不思議だ。これほど昇ってきてもあの星たちとの距離が全く縮まっていないように見える。俺が近づいていくのと同じだけ遠ざかっていくのだろうか?」
そう呟いた後、エアハルトは自分の言葉がおかしかったらしく、クッと目を細めた。
『そんな馬鹿なはずがないな。俺一匹の動きに満天の星々が影響されるなぞたいした思いあがりだ。……きっとあの星たちはとんでもなく遠いのだ。俺が飛び上がった距離など小さな虫が跳ねたほどもないくらいに。……そして、それほど遠くからでもあれほど美しく光り輝いているのだ……』
エアハルトは感動してしみじみと星々を見上げた。

 この程度では到底星に届きそうもない。おそらく何ヶ月何年も飛び続けねば届かない距離にあるのだろうと理解したエアハルトだったが、それでも自分がどこまで行けるのか試そうと更に昇っていった。

 徐々に気温が冷え、風がきつくなってくる。そして、何か見えない力がエアハルトの呼吸を邪魔しだした。深く吸えない。
「なんだ? ……息が……」
たいして疲れている気はしない。だが、頭が重く、息が切れて苦しい。果てしなくどこまでも受け入れてくれそうなこの空は、実は昇ってくる者を拒絶する意思を持っているのだろうか?

「仕方がない。今は下りるか……」
空に受け入れてもらえなかった気がして少し落胆しながら、エアハルトは降下していった。下りると共に頭の重さも取れ、呼吸も楽になっていく。まるで空に遊ばれているようだ。その時不意にエアハルトは、天空を守る風の精の仕業ではないかと思った。それなら、エアハルトが害なす者ではないとわかれば、いずれ遥か上空まで昇っていくのを許されるかも知れない。ヴァルトの山からいつも憧憬の眼差しで眺めていた、あの遥か上空を悠然と飛ぶ鷲のように。否、目指すのはその鷲よりもなお高い空……。

 エアハルトは星たちに向かって叫んだ。
「待っていろよ。いつか必ずおまえたちの元までたどり着くからな」

 地面に着くと、翼も広がったまま先端が着いてしまった。これでは駆ける時に邪魔になってしまう。エアハルトは翼を背にたたもうと意識を集中させた。最初は片方に翼だけ動いたりと上手くいかなかったが、やがて無事に両方の翼がたたまれ、エアハルトは安堵の息を吐いた。
「よかった。空を飛べるようになったのは嬉しいが、その代わりに大地を駆ける喜びを失うのは辛いからな」

 それから、
「まずは、この翼を自分の思うとおりに完全に動かせるようにする必要があるな。さっきみたいにただまっすぐ上に昇っていくだけではなくて、空中で前に進んだり、左右に曲がったり。同じ高さでとどまることができれば、昼間のあの池も安全な高さからじっくり眺めることができるぞ」
そう言って頷くと、エアハルトは伸びたばかりの自分の翼を自由に使いこなせるように訓練する為、再び翼を広げてその体を空に浮かせた。

 最初はおぼつかない動きだったが、幾度も飽きずに繰り返していくうちに空中での翼の扱いにも慣れていった。そして、辺りが白々と明けてきた頃には、エアハルトはほとんど苦労することなく自由にその身を空中で移動させることができるようになっていた。

 周囲を見回し一休みに適した場所を探し、満足感と適度な疲労と共に目当ての場所に下りたエアハルトは、
「少し眠るか。今日はこの不思議な地を隅々まで飛んで回りたいからな」
と、地面を掘って寝床を作り、その中にうずくまって目を閉じた。







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