【有翼狼の伝説 第三章・天翔る探求者 4


「はぁ、そんなに小さいですかねぇ。おいらから見れば、十分なでかさだと思ったんですけどねぇ」
ムートは、自分が乗っている枝をしみじみと見下ろし、いぶかしげに首を傾げた。

「そうだな、枝自体は浮いていられるだろうが、お前がそのまま乗り続けられるとは思えないな。それに、波を被ってもどうにかしがみついていられたとしても……」

エアハルトは気の毒そうにムートを見つめて教えてやった。
「俺は、この湖に流れ込む、上流にあるいくつもの川の一つの方角から来た。そこで、偶然知り合った鷲に教えてもらったのだが、ここからではまだ見えないが、この先には、水煙が舞い上がり、雷鳴のような爆音を上げる、目もくらむような巨大な滝があるそうだ。そして、それがまた別の大きな湖へと続き、その先にも大きな川が流れていると。……つまり、この湖の水はその滝の方角に流れていることになる」

「ええぇぇー! じゃぁ、おいらの行き先はあの向こう岸ではなくて、滝壺の中ってことでやんすか? そりゃないっすよぉ」
衝撃の事実に、ムートは悲壮な表情で声をあげた。だが、生死をかけた賭けということで覚悟はできていたらしく、絶望からすぐに立ち直り、開き直った様子で明るく笑ってエアハルトに言った。
「仕方ないっすね。ですが、果てしない大地をひた走るという夢は無理としても、最期に巨大な滝をこの目で見て、その大きさを体で実感して終われるなら、それはそれで良かったと思うことにしやす。島にいれば絶対にできなかった体験ですからねぇ」

「そうか」
エアハルトは、ムートの言葉に共感を覚えた。
『もし俺が同じ立場でもそう考えるだろうな』

「おせっかいついでだ」
小さく呟くと、エアハルトはムートに声をかけた。
「いいか。これから一旦お前を咥えて島に戻る。噛み砕いたりしないからおとなしくしていろよ」

「えっ? 旦那?」
訳がわからず困惑しているムートのすぐそばまで、エアハルトが降下すると、予想通りその羽ばたきで湖面が大きく揺れ、ムートは簡単に小枝から振り落とされてしまった。

水中に落下したムートをすばやく咥えると、エアハルトはそのまま島へと飛び、砂浜にムートを吐き出した。

水中に投げ出されたショックで気を失っていたらしいムートだったが、砂浜に置かれた瞬間、目を覚まして起き上がり、ブルッと身を震わせて全身の水気を払った。それから、エアハルトを見上げ、若干恨めしげに礼を述べた。
「助けてくれてありがとうございやす、旦那。……ですが」

「この島に閉じこめられて終わるなら、あのまま未知の体験をして死にたかったか?」

「えっ?」
恐ろしい補食者への遠慮で言いきれずにいた本音を、当のエアハルトに言い当てられ、ムートは驚きに目を見開いた。

「驚く必要はない。俺も同じだ。俺も、今ある平穏より、未知なる体験を求めて旅立った者だ。だから……お前に手を貸してやろう。俺の背に乗れ。向こう岸まで連れてってやる」

「えええぇぇぇーーー! 本当でやんすか?」
思いもしなかったエアハルトの提案に、ムートは驚喜した。
「ありがとうございやす。ありがとうございやす、旦那。さっ、旦那の気が変わらないうちに早く、早く!」

ムートは素早い動きで、エアハルトの左の前足を駆け上り、あっと言う間に両方の翼の間の背中に鎮座した。

『くっ。なんと変わり身の早い』
ムートのあまりの性急さに、喉の奥で笑いながら、エアハルトは忠告を与えた。

「いいか、しっかり掴まっているんだぞ。それと、俺がつき合えるのは向こう岸までだ。その先でどんな敵に襲われようと、自分でうまくかわしていくんだ」

「へい。もちろんでやんす。旦那がくだすったチャンスをおもいっきり生かして、走り抜いてみせますぜ」

「いい覚悟だ」
ムートの言葉に満足げに頷き、エアハルトはゆっくりと羽ばたいて体を宙に浮かせた。




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