【有翼狼の伝説 第三章・天翔る探求者 5


「おおおぉぉぉーーー。飛んでるぅーーー!」
ムートの感嘆の声を背に聞きながら、エアハルトは島の対岸へと飛行した。それは、エアハルトにしてみればほんのわずかな寄り道でしかなかったが、ムートにとっては生まれて初めての大冒険であった。

「うおぅ、高いでやんすねぇ。おおっ、あれがおいらの生まれた島でやんすか。あ、あの森の中においらの住処があるんでやんすねぇ。それにしても、島は全部見えているのに、あちらの陸地は果てが見えませんねぇ。あの山の向こうにも地面が続いているんでやんすよね。旦那のおっしゃった滝……ですか? それは全く見えてませんねぇ。どれだけ、この湖はでかいんでしょうねぇ? ひょっとしておいら、あのままだったら、滝にたどりつく前に餓死していたかもしれませんねぇ」

興奮した様子で早口でまくし立てるムートに、エアハルトは自分が旅立った時の高揚感を思い出して苦笑した。
『俺も、もしあの時同伴者がいれば、こんな風にうるさくまくし立てのかも知れないな』
見るもの全てがキラキラと輝いて見えた。初めての体験の連続で、うれしくて仕方がなかった。今でこそ少しは落ち着いたが、それでも自分が生きたいように生きているという充実感は失われていない。

「あまりはしゃいで落ちるなよ。先は長いんだ。……さぁ、もうすぐ着くぞ」
ムートに注意を促して、エアハルトは体勢を前に傾けた。
「へい、旦那」
幾分緊張した声で答え、ムートは振り落とされないようにエアハルトの背の上で体を伏せた。

対岸の森へと続く草むらの上に降り立つ。ここなら、ムート程度の大きさなら、とりあえず身を隠すことができるだろう。

ムートはエアハルトの背中から足を伝ってかけ降り、ぴょんぴょんと跳ねてはしゃいだ後、深々と頭を下げて礼をいった。
「本当にありがとうございやした、旦那。このご恩は死んでも絶対忘れねぇでやんす。それで、甘えついでにどうか旦那のお名前をお教えくだせぇ。おいらの魂に刻みつけておきたいんで」

言われて初めてエアハルトは自分がまだ名乗っていなかったことに気がついた。
「ああ悪かったな。うっかりしていた。俺はエアハルト。見ての通りの有翼狼だ」

「有翼狼のエアハルトの旦那。はい、ちゃんと覚えました。ちっぽけなおいらにくださった旦那の大きなご親切。決して忘れはいたしませんです。空を駆ける旦那と、地を走るおいら。またお会いする機会があるかどうかわかりませんが、もしも万が一、そんな機会があれば、その時はお互いの冒険の内容を話し合えたらうれしいでやんす。そのときもどうか旦那が空腹でなく、おいらを食べる気がないことを祈っておりやす」

ムートの言葉にエアハルトはフッと笑って、それからからかうように言った。
「そうだな。空を飛ぶのは走るのと比べると早く腹がすくからなぁ。さっきまで、なんともなかったが、お前を乗せて飛んで少し腹が減ってきたかも知れ」

「あああ、旦那。本当にお世話になりやした。旦那の旅を中断させてしまって申し訳ないでやんす。ささっ、旦那、どうぞ旅の続きをご遠慮なく。じゃぁ、おいらもこっちで頑張りますんで。旦那はあちらで。それじゃ、ごめんなすって」
覿面慌てた様子でエアハルトの言葉を遮って一気にそう言うと、ムートはあっと言う間に草むらの中に消えていった。

「ははっ。からかいすぎたか」
エアハルトは楽しそうに笑った後、視線を向かうべき方角の上空へ向け、
「さあ俺も行くか。あんな小さなネズミでさえ、地の果てが見たいと望み、命を賭けたのだ。俺も負けてはいられないな」
そうつぶやいて、舞い上がった。思いも寄らぬ小さな仲間に出会えたことに喜びを感じながら。

「旦那、おたっしゃで」
飛び去っていくエアハルトの姿を、ムートは草むらから感謝と憧れの瞳で見送るのだった。






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