【有翼狼の伝説 第三章・天翔る探求者 3


湖面に小さく我が身を映しながら、エアハルトは穏やかな陽射しと風を身に受け、まだ果ても見えぬ広大な湖の上空を飛ぶ。

「風が気持ちいい。しかし、凄いものだな。これほどの広さを見せながら、これでまだ海ではないとは」
エアハルトは己がまだまだ無知であったことを改めて自覚し、更なる未知なるものへの期待に胸を膨らませた。

しばらく行くと、右手前方に島が見えてきた。
「ほぉ。なかなかいい島だな。木陰で一休みするのに丁度いい森もある。……だが、まだそれほど疲れてはいない。なにより今はもっと先に進みたい」
エアハルトはそのまま島を通り過ぎることにした。

だが、ふと島近くの湖面に目が止まった。島から流れ出したらしい一本の木の枝が浮いていた。そして、その枝の上でわずかに動くものが見えた。

「ネズミか……。さてどうするかな?」
目を凝らしてその正体を確認した後、エアハルトは小さく呟いて考え込んだ。

獲物にするほど空腹ではないし、ネズミのような小物は自分の狩りの対象ですらない。放っておいてもよいが……湖とはいえこの広大さだ。湖面は小枝一本に対しては決して穏やかではない。おそらく繰り返し波をかぶるだろう。それに、そもそも水の流れは対岸に向かってはいないのだ。あのネズミが対岸に無事にたどり着くとは到底考えられない。

「島に戻してやるか……」
旅先で偶然目にした縁。我ながら妙な親切心を起こしたものだと苦笑しつつ、エアハルトは、波に揺られ今にも振り落とされそうになりながらも必死に小枝にしがみついているネズミのもとへと急降下を始めた。

「うわぁぁぁーーー!」
突然上空をから襲い来る黒い陰にネズミは驚愕し悲鳴を上げた。だが、次の瞬間、その正体が翼のある狼だと気がつくと、諦めたのか、それでも悔しそうに呟いた。
「はぁ、くそっ、ここまでか」

『おやっ? 事故で流されたのではないのか?』
意外な反応に、エアハルトは、この状況をネズミ自身が生み出した事を悟った。それで、ともかく落ち着かせて事情を聞いてみることにした。

「心配するな。腹は減っていない。たまたま通りがかったらお前が見えたので、助けてやろうかと思ったのだが……どうやら、自分の意志で出てきたようだな。よければ教えてくれないか? そんな小さな枝に乗って漂い、何をしたかったのだ?」

「えっ、旦那……本当に食わねぇでくださるんで?」
「ああ」
確かめるように尋ねてくるネズミに、エアハルトは苦笑しつつはっきりと頷いてみせた。

「はぁぁ、助かったーーーーー!」
ネズミは、大きく一度安堵の息を吐くと、興奮した様子で一気にまくし立てはじめた。
「どうもありがとうございやす、旦那。おいらはムートと言う、見ての通りの旦那からみてちっぽけな小物でございやす。島生まれの島育ち。このちっぽけなおいらが走っても、ほぼ一日でグルッと一回りできてしまう後ろの島が、おいらの世界の全てでやした。ですが、今浮いておりやすこの大きな湖の向こうの岸には、おいらが一生走り続けても終わらない、恐ろしく広い大地が続いていると、渡り鳥のロセルってやつに教えてもらったんでさぁ。それで、一丁大ばくちに打って出てみようかな、と」

「なるほどな。それでおまえはそんな小さな枝に命を預けて、向こう岸へ渡ろうとしたわけだ」
傍から見てあまりに無謀な挑戦に、エアハルトは半ば飽きれ半ば感心してしまった。





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