【鳥になりたい小魚 1】

「いいなぁ、かっこいいなぁ。うらやましいぞぉ」
ソラスズメのシェルンは今日も波うち際近くの岩陰からこっそりと空を見上げて溜め息をつきました。視線の先にはオオミズナギドリが悠々と空を舞う姿が。
「水の中も悪くないけど、あの高い世界もいいよなぁ。一度でいいからボクもあんなふうに鳥になって空高く飛んでみたいなぁ」


 夕方になって、シェルンが仲間たちのいる少し深い岩場に戻ってくると、友達のケインが呆れたようにシェルンに言いました。
「また、一日中、オオミズナギドリを眺めていたのかい? 毎日毎日よく飽きないねえ。それに、もし見つかったらどうするんだよ? 危ないぞ」
「うん。わかってはいるんだ。危ないって。でも、やっぱり見たくなってさ。我慢できなかったんだ。……あーあ、ボクも魚じゃなくて、鳥に生まれたかったなぁ」
そう言って、シェルンが溜め息をつきました。

 ケインは、そんなシェルンを見つめ、少しの間何か考え込んでいる様子でしたが、やがてためらいがちにシェルンに言いました。
「あのさ。本当かどうか、わからないんだけど。最近この近くにやってきたえらい年寄りのマンボウがいるだろ?」
「あっ、うん。マンボウじいさんね。それがどうかした?」
シェルンが聞き返すと、ケインは周りを気にして声を落としながら、そのマンボウじいさんについての噂を口にしました。
「あのじいさんさ、昔、奇跡の島の海底洞窟にあった伝説の黒真珠をうっかり飲み込んでしまったらしいんだ。それで、その黒真珠の魔法のせいで、あんなに長生きで、おまけにどんな願いでも叶えられる魔法が使えるって噂なんだよ。だから、もしキミがそんなに鳥になりたいのなら、一度あのマンボウじいさんに頼んでみるのはどうかな?って」

「ええぇぇーーー! 本当なのかい? それはすごい。うん、うん、ボク、早速マンボウじいさんに頼みに行って来るよ。……それで、今じいさんはどこに?」
シェルンが気負って尋ねると、ケインが少し慌てたように言い訳をしました。
「だから、あくまで噂で、本当かどうかは……。あっ、マンボウじいさんなら、今日はこの島の裏側のあたりで浮いたり沈んだりしていたけど」

「そうか。じゃあ、ボク行ってくるよ。いい情報、ありがとう、ケイン」
「あっ、だから、本当かは……って、もういない」
シェルンは、ケインの言葉を最後まで聞かず、頭の中でマンボウじいさんの魔法でめでたくオオミズナギドリになれ、悠々と空を舞う自分の姿を思い浮かべながら、一心にマンボウじいさんのいる島の裏側へと向かいました。


ぼわぁ〜ん。

 シェルンが行った時、ちょうどマンボウじいさんは、その大きな身体を横にして海面に浮かべ、昼寝ならぬ夕寝をしていました。シェルンはその巨体に一瞬圧倒されましたが、勇気を出して声をかけました。
「こんにちは〜!」

「ん?」
マンボウじいさんは、眠そうな目を一度うっすらと開けましたが、小さなシェルンの姿に気が付かなかったのか
「なんだ、空耳か」
と、つぶやいて、また目を瞑ってしまいまいた。

「あっ! えっ? おーい! マンボウじいさぁ〜ん!」
見落とされた形になったシェルンは、慌ててもう一度大声でマンボウじいさんに声をかけました。すると、マンボウじいさんは再び目を開け、今度はちゃんとシェルンの姿に気がついたようでした。
「おやっ、誰かと思えばソラスズメの子供じゃないか。ん? なんじゃな? わしに何か用か? ひょっとしてわしに食ってもらいたいとか?」

『んなわけあるかい!』
マンボウじいさんの言葉に、シェルンは一瞬ムッと来ましたが、ここでじいさんを怒らせるわけにもいきません。シェルンは、
「いえ。実は友達から聞いたのですが。あなたにはとっても不思議な力があって、それで……」
ケインから聞いた話を、じいさんを褒めながら始めました。

 マンボウじいさんは「ふむふむ」とまだぼんやりとした表情をしながら聞いていました。そして、シェルンが話し終えると、その大きな身体を少し揺すりながら、
「うーん。そうだったかも知れんし、そうでなかったかも知れん。あんまり昔のことすぎてはっきりとは覚えていないのじゃ」
と、言いました。




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