【海のお医者さん 3】



「ほぉ――。それは本当にすごいな。オレはマンボウじいさんとは結構長い付き合いだが、そんな魔法を使えるなんて初めて聞いたぞ。だが、まあ、もし聞いていても、オレには魔法でなんとかして欲しいような願い事も特にないし、たいして気にならなかったがな。オレには自由に飛びまわれる空と、エサになる魚を与えてくれるこの海さえあれば充分だ。それに仲間のカモメやマンボウじいさんのような友達もいる。今のままで大満足だよ」
カモメがそう言うと、イルカの子供たちも「うんうん」とうなずきました。
「ボクたちもそう! 仲間と一緒に毎日楽しく暮らせているもん」
「そうそう。たまたまフィンフィンがサメに尾びれを齧られるっていう事故があったけど、それ以外は平和、平和」
「うんうん。不満って言えば、ボクたちにはな〜んにも問題がないから、マンボウじいさんに魔法を見せてもらう願い事を思いつかないってことくらいかな?」
「言えてる!」
イルカの子供たちはお互いの顔を見合って嬉しそうに大きくうなずきました。

「あはははは。問題がないのが問題か。そりゃ大変だな」
カモメは楽しそうに声をあげて笑いました。それから、ふと横に視線を移し、
「おや? あんなところに流れ藻が」
と、少し離れた所を漂う海草に目をやりました。

「流れ藻だってぇ!」
途端イルカの子供たちの瞳がキラキラと輝きだしました。海を漂う海草はイルカの子供たちにとって格好の遊び道具になるのです。
「みんな行こう!」
「うん。ボク、いちば〜ん!」
「あっ、ずるいよ。待ってぇ」
イルカの子供たちが一斉に流れ藻に向かって泳ぎだすと、カモメは少し苦笑いを浮かべて、
「おいおい。そんなにいっぺんに突進していったら、せっかく藻の下に集まっている小魚たちが全部逃げてしまうじゃないか。ま、藻の下から適当に蹴散らしてくれる方が捕まえやすいと言えばそうなんだが」
と言いながらイルカの子供たちの後を追いました。


「おやっ? いつの間にか寝てしまっていたようだな」
カモメとイルカの子供たちが行ってしばらくして、マンボウじいさんはそうつぶやきながらその小さな目を開けました。そして、あたりを見回しカモメもイルカの子供たちもいないのに気がつくと、『フム』と少し考えた後満足そうに笑いました。
「どうやらわしを起こさないようにと気を使ってくれたらしいな。優しい子たちだ」

「さて、それではもうしばらくのんびりとするか」
そうつぶやくとマンボウじいさんはその平べったい体の海中に向けている側の色を黒くしました。すると……小さな魚たちがどんどん集まってきました。そして
「こんにちは、マンボウじいさん」
「今日は遅いのでまだかまだかってずっと待ってたんだよ」
「ボクもうおなかぺこぺこ」
そう口々に言いながら、マンボウじいさんの体についている寄生虫をつつきだしました。小魚たちはカモメやイルカたちがいなくなって『おまえたちが来ても安全だ』とマンボウじいさんが合図してくれるのを、海の少し深い場所からじっと海面を見上げて待っていたのです。

そして、マンボウじいさんの体についた寄生虫を食べる目的以外に、大きな魚に襲われて怪我をした小魚もその治療の為に寄ってきました。
「マンボウじいさ〜ん。ボクの背中のうろこの欠けたところ治してぇ〜」
そう言って小魚は傷ついた箇所をマンボウじいさんにスリスリ。マンボウじいさんはのんびりとした口調で小魚を励まします。
「ああ、いいとも。早く良くなるといいな、お小さいの」
「うん。ありがとう。マンボウじいさん」

一見、マンボウじいさんは海面に身を横たえ、暖かな日の光を浴びてただのんびりとしているだけに見えます。でも、その大きな体の下では小魚たちがこうしてマンボウじいさんの体についた寄生虫をエサにしたり、逆に自分の体についた寄生虫を擦り落としたり、傷ついた箇所にマンボウじいさんの体から出る不思議なお薬を塗って治療したり……と、大騒ぎなのです。まさにマンボウじいさんは「海の病院船」であり「海のお医者さん」なのです。

けれど、マンボウじいさんは自分がそんな大変な仕事をしているとは思っていません。ただ自分があるがまま、のんびりほわほわと暮らしているだけ。
『それだけで誰かの役に立つとは、わしは本当に幸せ者だな。天気もいいし。いい気持ちじゃ』
そう思いながらマンボウじいさんはその小さな目を閉じてまたお昼寝を始めました。いつもの平和な海の午後でした。







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