【有翼狼の伝説 第二章・誇り高き放浪者 12


「イェルク! ……古き友だ。やつは元気にしていたか?」
懐かしそうに目を細めてハルトムートが聞き返してきた。

「だいぶ弱っているようだった。……故郷だと知って帰ってきたのではないのか?」

 ハルトムートは首を横に振った。
「いや。偶然だ。この方向にずっと行った先に、一日中日の沈まない季節と一日中夜の季節をもつ場所があると聞いてな。今はそこを目指しているのだ。何でも夜の季節には空に美しい光が川のように流れるのを見ることもできるそうだ。……だが、そうだな。せっかくの故郷だ。イェルクに会って昔話の一つでもしていってもいいな。あいつは、翼はなかったが他の狼たちと違い俺やおまえ同様この花の美しさのわかる目を持っていた。感動をわかり合える数少ない友だった」

「えっ? それはどういう……?」
エアハルトは、とっさにハルトムートの言葉の意味がわからず怪訝そうにあたりの黄色い花々とハルトムートの顔を交互に見比べた。

 ハルトムートは、一瞬『おやっ?』という顔つきをした後、確かめるように訊ねてきた。
「知らなかったのか? 俺たちと普通の狼たちでは、見ている世界が違っているのだ。たとえばこの花。おまえにはどう見える?」

「どう?って……綺麗な明るい色をした花だと……」
足元の花を見下ろしエアハルトが戸惑いながらそう答えると、ハルトムートも同じ花を見つめながら呟くように言った。
「そうだな。だが、他の狼たちの多くはこの花と葉や茎の色の差がわからない。どちらもほぼ同じ色に見えるそうだ。俺たちより遥かに少ない色の世界を見ているのだ」

「そ、そうなのか? 本当に?」
驚いて聞き返すエアハルトに、ハルトムートは逆に問いかけてきた。
「ああ。どうやら皆は色を犠牲にして捕食者としての能力を優先させた目を持っているらしい。それに対して俺たちは観察者としての能力を優先させた目をしているそうだ。だが、稀に翼を持たない狼でも俺たち同様色とりどりの世界を見ている者もいる。イェルクもそうだった。……今まで本当に気がつかなかったか? 思い出してみろ。何か心当たりはないか?」


 言われて記憶の糸を必死に辿る。
「そういえば……」
子供の頃、森に咲いている赤い花に見とれていた時、周囲の誰に言っても怪訝な顔をされたことがあった。その時、ただテアだけが「うん、本当に綺麗ね」と言ってニッコリ笑ってくれた。あの瞬間、なぜかむしょうに嬉しかった覚えがある。

「そうか、皆にはあの花の色が見えていなかったのか。だが、テアだけは……」

「テアというのかおまえの友は。この先、ヴァルトの森に立ち寄ることがあれば、そのテアに何か伝えてやろうか?」
エアハルトの呟きを耳ざとく捕らえてハルトムートが伝言を申し出た。エアハルトはどうしようか少し迷った末、
「いや、特にテアにというのではなく、ヴァルトの群れの誰かに会ったら伝えてくれ。俺は元気にやっていると」
と、言伝を頼んだ。

「そうか。わかった。それでは俺はそろそろ行こう。……この山を越えていくつもりなら、焦らず時間をかけて登れ。高い山や空は空気が薄い。少しずつその薄さに体を慣らしていくのだ。それから、飛ぶことは自分で思っているよりも体力を使う。長く飛んでいると突然息苦しくなって力が抜けることがある。知らぬ間に無理しすぎないよう気をつけるのだ。それから……いや、これだけ知っていれば充分だな。後は己の体験で学んでいけ。それでは、たっしゃでな。イェルクからの伝言、ありがたかった」
礼を言ってハルトムートは翼を広げた。

「俺こそ、いろいろと教えてもらえて助かったよ。ありがとう。またいつかどこかで会えるといいな」
そう礼を返してから、エアハルトは自分の言葉にハッとして気まずい表情を浮かべた。

 だが、年老いたハルトムートは、エアハルトの言葉に、おそらくそれは叶わぬと思いつつも明るく笑ってうなずいてみせた。
「そうだな。今度会った時には、夜の不思議な光の川の話をしてやろう。いや、もしかしたら、あちらの端は未知なる大地に近いかも知れぬ。おまえはそっちの端から、俺はあっちの端から、それぞれ海を越えて、その先の大地で再会する。そんなことがないとは言えまい。ともかくせっかくもらった楽しい運命だ。どこまでも見て知り尽くす為に進んでいこうではないか、お互いにな」
そう言うと、ハルトムートは幾分斜めに舞い上がり、そのまま森の上空を飛んでいった。

 エアハルトは、しばらくその姿を見送っていたが、ハルトムートの姿が森の向こうに降下して見えなくなると、顔を草原の上、荒地と岩峰に向け、胸をそらせて大きく一度息を吸った。
「では、俺も行くか。あの頂きの向こう、更なる新たな世界に
エアハルトは、同じ翼を持つ狼ハルトムートとの邂逅により、自分が進み行く世界への期待が更に大きく膨らむのを覚えるのだった。











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