妖精のおまけつきチョコ 1】


バレンタインデー前日、駅前のケーキ屋の前では特設ワゴンでチョコレートを大バーゲン中。そのワゴンに群がる中学生や高校生のお姉さんたちを横目に真緒ちゃんはこっそりため息。
「いいなぁ。真緒も悠斗君にあげるチョコ買いたいけど、お小遣いがぁ。ぐすん」
真緒ちゃんのお財布の中にはたったの457円。まだ半月もあるのにかなりのピンチです。
『だって、り○んもな○よしもどっちのふろくも欲しかったし、ブ○イスベルの人魚さんも欲しかったんだもん』
そう言い訳しながら真緒ちゃんが家へ帰る近道に公園をトボトボと横切っていると、夏にアイスクリームなんかを売っているワゴンを前において、ベンチでボーっと空を見上げているお兄さんを見つけました。

『ん? なんだろう?』
目を凝らしてよく見ると、ワゴンの幟には「恋するあなたに魔法のチョコひとつ。100万円から100円まで。お助け妖精のおまけつき」と書いてあります。
「ええぇぇーー!! 100万円〜! むっちゃ高ぁ〜い!」
思わずそう叫んでしまった真緒ちゃんの声に、ベンチのお兄さんがこっちを見てにっこり。
「安いのもあるよ。一番安いのだと100円。よかったら見ていかない?」

「う……うん」
ためらいがちに真緒ちゃんがうなずきました。お兄さんはベンチから立ち上がると、ワゴンの中をゴソゴソゴソ。そして、ピンクのリボンのついた小さな真四角の箱を出してきて、真緒ちゃんに『こっちにおいで』と手招きをしました。

真緒ちゃんが駆け寄ると、お兄さんがその小さな箱を手のひらに乗せ、もう片方の手で指差して
「これは100円だから、残念だけど普通のハート型のチョコレートなんだよ。100万円のだと、あの有名なトリスタンとイゾルデも飲んだという媚薬入りなんだが……って、お嬢ちゃんにはまだまだ早いね。でも、安心、この100円のチョコレートにもちゃんとお助け妖精の種がついているから」
そう言うと、そのチョコレートの箱の上に、花の種なんかの入っているような小さな紙袋を乗せました。

「妖精のたね?」
真緒ちゃんがびっくりして目を大きく見開くと、お兄さんは笑ってうなずきました。
「そう。本物の妖精の種。この袋の中の種を、好きな男の子のお気に入りの飲み物を入れたコップの中に落とすんだよ。すると、あら不思議。種が見る間に大きくなってプワァーンと浮いてパチンと割れる。そして、中から君のためにバレンタインデーが終わるまで頑張ってくれるお助け妖精登場!ってわけだよ」

「バレンタインデーが終わるまで?」
真緒ちゃんが首をかしげて聞き返すと、お兄さんがウンウン。
「そう、お助け妖精は、恋する女の子の為に妖精界からの特別出張サービスなんだよ。だから、バレンタインデーが終わったら、みんな元の世界に戻るんだ」

「そっかぁ」
真緒ちゃんは納得言ったようないかないような顔でうなずきました。それでも、100円なら安いし、妖精のたねにもちょっと興味があったので、そのチョコを買うことにしました。上着のポケットのお財布から100円硬貨一枚を取り出すと、真緒ちゃんはそれをお兄さんに差し出しました。
「それじゃ、その100円のチョコレートく〜ださい」

「はい。まいどあり〜」
そう言ってお兄さんは真緒ちゃんから100円硬貨を受け取って、チョコの入った箱と妖精の種入りの袋を差し出しました。
「えーと……」
見ると、袋には外国語で何か書いてあります。真緒ちゃんが『なんて書いてあるのかぁ?』と顔をあげると、わかったのか、お兄さんが笑って教えてくれました。
「そこには『製造:ギャン・カナッハ またの名をガンコナー。その親戚の妖精ガルコナー入り』と書いてあるんだよ。それで、そのギャン・カナッハ またの名をガンコナーていうのは私 このお兄さんの名前なんだよ」

「ふ〜ん、それじゃこれを作ったのはお兄さんなんだぁ」
真緒ちゃんが感心したようにつぶやくと、お兄さんはちょっと得意そうにエッヘンと顔を上にそらしました。
「そうそう。こんな器用なことができるのは妖精界広しといえどもこの私だけだな」

「ふ〜ん。……でも」
「ん? でも、何?」
何か言いかけた真緒ちゃんに、お兄さんが尋ねました。それで、真緒ちゃんはさっきからずっと気になっていたことを思い切ってきいてみることにしました。
「そんな偉い人なら……なんでこんな公園なんかで自分でチョコ売っているの? それに、駅前とか人のいっぱい来るところに行かないと全然売れないよ」

「ああ、そういうこと」
お兄さんは『なあんだ』と笑って、
「それはね。お兄さんは偶然の出会いっていうのが大好きだからだよ。だから、ここでお兄さんが見える人だけに直接チョコを売っているんだ。……たまたま通りかかった公園で、たまたま出会った不思議なチョコレート売りの私。そして、つい買ってしまった妖精のおまけつきチョコでこれから不思議な体験をするお嬢ちゃん。ねっ、すごく素敵だろ?」
と、真緒ちゃんに悪戯っぽくウインクをしました。

「う、うん。そうかも」
つられて真緒ちゃんもにっこり。

「それじゃ、素敵なバレンタインを。頑張ってね」
「うん。ありがとう」
真緒ちゃんはお兄さんに礼を言ってチョコと妖精の種を抱えて駆け出しました。

公園の出口で一旦立ち止まりふと後ろを振り返ると……そこにはもうお兄さんもチョコのワゴンもありません。
「あれ? もうどこか行っちゃてる。はやいなぁ」
感心してそうつぶやき、真緒ちゃんはまた家へと駆け出しました。



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