【有翼狼の伝説 テアside 1


「匂いが……」
テアは行く手を阻む目の前の激流を見つめ、呆然と立ち尽くした。

エアハルトを追う鍵は彼の匂い。その頼りの綱が切れたのだ。自分の鼻に自信のあったテアだったが、さすがにこの川には勝てない。

「でも」
諦めることはない。向こう岸にはきっとエアハルトの匂いがまた続いているはずだから。

「大丈夫。だって、私、彼より泳ぎが上手だったもの」
自分に言い聞かせ、ザブンとテアは激流へ身を踊らせた。

グフッ、ゲボッ、ゴホッ。
思っていた以上に流れが速く荒く、テアはどんどん下流に流されていく。幾度も大量に水を飲み込んでしまった。それでも、目は必死に対岸を目指し、全力で足を動かす。ここで諦め力尽きるつもりはない。これぐらいの川を渡れないのでは、エアハルトの傍にいる資格はない。

『大丈夫。私は強い。偉大なボス、フォルカーの娘だもの』
フォルカーはきっとすぐにテアが群れから離れたことに気がついたはず。アマデオも間違いなくすぐに報告しただろう。速駈けのルークスならテアに追いつけたはずだ。それでも、追っ手は来なかった。連れ戻そうとはしなかった。

つまり、フォルカーはテアの決断を許し認めてくれたのだ。テアが群れから離れひとりっきりになっても生きていくことができるだけの力があると信頼してくれているのだ。その父の信頼がうれしい。

『わがままな娘でごめんなさい、父さん。アマデオと一緒に群れを継いで父さんを安心させるべきだったのかもしれないけど。でも、私は私自身の気持ちに正直に生きたいの』

やがて、際限のないと思われた激流との闘いも終わりを告げる。テアは流れがふいに穏やかになった気がした。川が大きく蛇行し、途中に中州ができている。

『あそこにたどり着ければ、あとは一息だわ』
テアは、前足を必死に掻き後ろ足に大きく力を入れて蹴った。

「つ、ついた」
無事、目的の中州に上ることができたテアは、ブルッと全身をふるわせて水気を切ると、そのままドタッと倒れ込んでしまった。疲労が限界まで来ている。だが、こんな場所で無防備に眠り込んでしまうのは、あまりにも愚かな行為だ。

「まだ、だめ。中州は時々水に沈む。休むのはちゃんと対岸にたどり着いてから」
そういえば、そのことを教えてくれたのはエアハルトだったな思い出す。上流で大雨が降ったり、白い山の雪が溶けて川に流れ込んで、水の量が増えると中州はなくなることがあると。

「どうして、そんなこと彼は知っていたのかしら? 一緒に育ったのに。……ううん、彼はいつもいろんなことを考えていた。いつもどこか遠くを見つめて。そして今もきっと……」

テアはたまらなくエアハルトに会いたいと思った。一緒に同じ景色をみて、それについてエアハルトがどう考えるのか、それを聞いてみたい。完全に理解できないとしても、わかろうと努力することだけはやめたくない。

「ねぇ、私、こんなにもあなたを知りたいのよ、エアハルト」
テアは、遠くを見つめながら、今ここにいないエアハルトに声かけ、ゆっくりと立ち上がった。

中州から対岸までの距離はあとわずか。それでも、飛び越えるには長すぎる。テアは中州の上をうろうろと歩き回り、対岸までの距離が短く、更に水深の浅そうな場所を探した。

しばらく探すと、渡るのにちょうどいい浅瀬が見つかった。対岸と中州をもう少しで繋ぐかのように浅く、砂底が見えている。

一歩踏み出すと、思いの外足が砂に沈んだが、それでも渡れないことはない。テアは、水流で身体のバランスを崩さないように慎重に一歩一歩踏み進んで言った。

どうにか無事渡り終えた。テアは全身から力が抜けていくのを感じた。すぐ傍に深い草むらがあり、そこに身を横たえて、空を見上げて苦笑した。
「まだまだ、だめね。本当ならちゃんと木々の中や洞穴を見つけるべきなのに。……でも、今の私にはこれが精一杯。でも、それはまだ私が経験不足なだけ。こうして一歩ずつ強くなっていくはず。彼の傍らに立つためには、もっともっと強くならなくては」

くたくたに疲れきっていたテアだったが、このあたりにエアハルトの匂いがないことに気づいていて、
『彼は、私より泳ぎが下手でも力がある。だから、きっと探すなら上流ね』
目が覚めたら真っ先に自分のやるべきことを考えながら、眠りに落ちていくのだった。




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