【まゆとクルン】

 


「困った、困った。どうしよう?」
そうつぶやきながら、小さな妖精のクルンは、公園の中をうろうろと飛び回っていました。けれど、やがて飛ぶのにも疲れたクルンは、花壇に咲いているヒヤシンスの花の上に腰をおろしました。
「うーん。これからどうしよう……?」

 クルンがこんなに困っているのには理由があります。本当はクルンは人間の世界にやってくるつもりはなかったからです。まだまだ半人前の妖精のクルンには、人間界に遊びにいく許可が長老様から下りていないのです。それが、風の精霊とふざけて相撲をとっていて、思いっきり吹き飛ばされ……気がつけば、何故か人間の世界。事故とはいえ、長老様のお許しもなく、無断で妖精の世界から出てしまったのですから、帰ったらきっととっても叱られてしまうことでしょう。

 そして、そのことよりもっと大変なことは、妖精の決まりにありました。人間の世界にやって来た妖精は、必ず誰か一人と友達になって、その相手の願いを3つかなえてあげなくてはいけないのです。そうしないと妖精の世界に戻れないのです。

 一人前の妖精のみんなならたやすいこの問題も、半人前のクルンには大問題です。
まず、力の弱いクルンでは、本当に純粋な心のきれいな人間にしかその姿が見えないのです。そして、もっと大変なことは、クルンにはまだなーーーんの力もないということです。つぼみの花を早く咲かせることも、しおれかけた花を元気にすることも、そんな花の妖精にとって一番基本のことさえクルンにはできないのです。

「困ったなあ。どうやったら人間と友達なんかになれるんだろう? あんな大きいの怖いよ。それに……願いをかなえるといっても、ぼくにできることと言ったら、飛ぶことと、それからえーと……。」
ヒヤシンスの花の上で、クルンが腕組みをして考え込んでいると、突然かわいらしい女の子の声がしました。
「わっ、やっぱり本物の妖精さんだ!」
「えっ?」
クルンがびっくりして顔をあげると、すぐそばにまあるい大きな目が二つ見えました。クルンが考えに夢中になっている間に、人間の女の子が公園に遊びに来て、クルンの姿に気がついたのでした。

「ひっ! 大きいーーー!」
クルンは、自分をのぞき込んでいる人間の顔の大きさに驚いてひっくりかえりそうになってしまいました。でも、女の子の方はそんなことに気づかないのか、うれしそうににっこり笑ってクルンに話しかけてきました。
「こんにちは。はじめまして 妖精さん。わたし まゆ。あなたは?」
「……ク、クルン。」
「ククルン?」
「あっ、違う。クルン。ぼくの名前は クルン。」
クルンがあわてて言い直すと、まゆは大きくうなずきました。
「わかった。クルンね。……それで、こんなところで何しているの? まゆ こんな町の中に妖精さんがいるなんて全然知らなかった。妖精さんって、てっきり森とか山の中にいるものだとばっかり思ってたから、おどろいちゃった。」

 クルンは、このまゆという女の子を見上げて、
『ぼくが見えるってことは、この子 とってもやさしい人間だってことだよな』
と、思いました。それで、クルンは思い切って、ここへ来てしまった事情をこの女の子に説明することにしました。
 クルンはまゆに、間違って人間の世界に来てしまったので、早く戻らないと叱られてしまうこと。でも、その為には誰か人間と友達になって、その願いを3つかなえてあげなくてはいけないこと。ただ、半人前の妖精のクルンにはできる魔法がほとんどないことなどを説明しました。

 まゆはクルンの話をうんうんとうなずきながら熱心に聞いていました。そして、聞き終えるととてもうれしそうに笑って言いました。
「な〜んだ。かんたん。……ねえ、クルンは、すぐに帰りたい? それとも、もっとここにいたい?」
「ぼく、今は早く帰りたい。ここには長老様からちゃんとお許しをもらって、それからぼくがもうちょっと一人前になってから、ゆっくりと遊びに来たいよ。」
と、クルンは答えました。

「そう。それじゃ クルン、握手。」
まゆはそう言うと右手の人差し指をクルンの前に差し出しました。クルンはよくわからないまま、まゆの指先を両手でつかみました。まゆは人差し指を小さく揺らすと、満足そうに大きくうなずきました。
「はい。これでまゆとクルンは仲良しのお友達。だから、クルン、まゆの願いを3つかなえてね。
まゆの願いの一つ目はね、妖精さんが本当にいるなら会ってみたいってこと。だからこれはもうかなえられたでしょ。
そして二つ目はね、もし本当に会えたらその妖精さんとお友達になれたらいいなあってこと。これも、今 かなえられた。
そして三つ目はね……もしお友達が困っていたら、助けてあげたいってこと。だから、これがまゆの三つ目の願い。 クルンが無事に自分の世界に戻れますように。」

 そのとたん、クルンのすぐ後ろにキラキラ光る扉が現れました。そして、あっと言う間にその扉が開き、中にクルンが吸い込まれてしまいました。扉が消える直前、うれしそうなクルンの声が聞こえて来ました。
「ありがとう、まゆちゃん。きっと、必ずきっと、まゆちゃんに会いに来るから。だから……今日はありがとう。」

 扉が消えた後、まゆは指先で今までクルンが座っていたヒヤシンスの花をちょこんとつつきました。
「クルン。本当はもう一つ願い事があったんだけどなあ。最後の願いは……もう一度クルンに会えますようにって。でも、大丈夫かな。今、クルンが約束してくれたから。きっと会いに来てくれるって。」

『うん、大丈夫よ まゆちゃん』 
そう言って笑うようにヒヤシンスの花が揺れていました。



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